コンドルとカモメのVoyage

私とバウルと土屋征夫と

time 2019/10/22

私とバウルと土屋征夫と

ご存知の通り、東京23FCに所属する“バウル”こと土屋征夫選手が今シーズン終了をもっての引退を発表しました。

https://twitter.com/tokyo23official/status/1186132935893647360

ヴェルディでプロキャリアをスタートさせ、ヴィッセル、レイソル、アルディージャ、再びヴェルディ、ヴァンフォーレ、サンガと渡り歩き、昨年から東京23FC。甲府では、2017年にカップ戦史上最年長ゴールを記録。身長は177cmと高くないものの、圧倒的なジャンプ力ととスピードなど身体能力を生かしたディフェンスが持ち味で、一時は日本代表候補にも。試合中の激しいプレーの印象が強いけど、ピッチを離れるとスキンヘッドと愛くるしいスマイルを見せ、多くの人に愛された選手。バウルさんの偉大な経歴は、言うまでもないでしょう。

自分にとってバウルさんは、実は初めて本気で応援した選手なんです。

ヴェルディのことは小さい時から好きですが、ゴール裏で本気で応援するようになったのは2008年シーズンから。チャントを歌って跳ねているうちに「サポーター」というものにのめり込むようになっていき、各チームでいろんな人が掲げているゲーフラにも憧れるようになりました。自分が初めて作ったゲーフラは、バウルさんでした。

なぜバウルさんなのか?

これは実は単純な理由です。自分が高校生のとき、背番号が17でした。GKだったので、要はレギュラー番号をもらえなかっただけなのですが、なんとも割り切れない数字というか、個人的には“オリジナリティある数字”だと思っていて、ものすごく気に入ってる数字です。居酒屋とかで靴箱に出くわすときは、まずは17が空いているかを確認するし、超ナイショなことですけど、割とところどこの暗証番号に17を入れることも多いです。Twitterのアカウント名も@Caesar17_ykです。

なので、正直なとこプレースタイルとかキャラクターとかよりも、単純に「自分の好きな番号を付けている選手」として、当時のヴェルディの17番であったバウルさんを応援することになりました。

2010年には2代目バウルゲーフラ。文法的にあってるかなんて知りませんが、書いてあるポルトガル語は「The pride of green」。

2012シーズンにヴェルディを退団するまで、バウルさんは毎年30試合以上に出場し、ヴェルディのゴールを守り続けてくれました。年齢による衰えは多少はあったかもしれませんし、何よりケガも多かったですが、ガツンといくときはいくあのスタイル、そしてベテランらしい読みが冴えわたるディフェンスは本当に大好きで。

あまりランドには行かないので、実はヴェルディ所属時に会って話したのは、2010年のシーズン中に欠場した試合でサイン会に出たときくらい。結局、2012年で退団することになり、その最後の練習も行くことができませんでした。

・・・。

あれから6年が経った昨年。
まさか自分が、バウルさんをインタビューすることになるなんて、思ってもみませんでした。

短い時間でしたが、バウルさんのサッカー人生を振り返るお話を聞かせていただきました。その中で衝撃的?だったのが、実は小さい頃に千葉県鎌ケ谷市に住んでいて、自分の隣の小学校区だったこと。その後に引っ越しちゃったけど、バウルさんがそのまま住んでたら同じ中学校の先輩ってことになってたと(笑)。

【鉄人アスリート】サッカー・土屋征夫①~鉄人センターバックの礎を築いたブラジル留学~

取材に行った日はコンディションにより練習には参加してなかったからプレーする姿を近くで見れなかったのは残念でしたが、昔と変わらず素敵な笑顔でお話をしてくださり、本当に楽しい時間を過ごすことができました。うちはサッカーメディアじゃないんであんまりサッカーの話ばかりするわけにはいかなかったですが、またどこかで話をできればな…と思っています。

改めて、長い現役生活お疲れさまでした。

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